Insul Utopia(ユートピア)

世界的に有名なトーマス・モアの哲学書「ユートピア」ドイツ語版第3版で、トーマス・モアと最大の支援者エラスムスの肖像画がエッチングで掲載されている。また、複数の地図で仮想のユートピアへの場所を解説している。そして、そこで使われるユートピア文字も紹介している。

価格:200,000円

カテゴリー:希少本  文化史  図書館・書誌学  政治・経済  海外  

出品者:DeutschOtto

出品日:2010-03-21

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書名

Insul Utopia(ユートピア)

著者名

Morus TH(Thomas More/トーマス・モア)、ドイツ語翻訳Conrad.W Wintermonath

巻数

1

解説

ユートピアといえば、ベトナム戦争時に多くの若者が求めたコミューンのように言われることもあるが、ロンドンで弁護士の子として生まれ、オックスフォード大学で神学を学び、ヘンリー8世の信任を得て、外交使節として大陸に渡り、その旅行中に「ユートピア(Utopia)」を執筆し、オランダのロッテルダムで生まれで、現在使われているギリシャ語の発音を確立し、王侯や貴族、教会の腐敗などを痛烈に風刺するなど、当時のヨーロッパ各国で多くの人文学者に影響を与えた、ルネッサンス期の代表的な文芸復興の先駆者エラスムス(Desiderius Erasmus/1466〜1536)と親交を持ち、エラスムスはトーマス・モアの絶対的支援者になった。
しかし、熱心なカトリック教徒であったため、ヘンリー8世の離婚に終始反対し、1534年にロンドン塔に幽閉され、反逆罪に問われて1535年に処刑された。

この本は、ドイツで出版された第3版で、ドイツ語に翻訳された第2版である。
この本は、ポケット版ユートピアとして初めて出版された。

初版は1516年にLoewenで、ドイツでの初版は1524年にスイスのバーゼル(Basel)で出版された。
Conrad Wintermonathがドイツ語で翻訳した初版は1612年であった。

トーマス・モア(Thomas More/1478 - 1535)が「ユートピア(Utopia)」を書いたいきさつは、クリストファー・コロンブス(Cristoforo Colombo/Christopher Columbus/1451 - 1506)は、オリノコ川(Orinoco, Orinoquia)の河口に着いたとき、エデンの園に近づいた手いるのだと思っていたし、アメリゴ・ヴェスプッチ(Amerigo Vespucci/1454 - 1512)はカナリア諸島からアメリカ大陸までを旅行した記録「Mundus Novus (新世界/New World)」で、その近隣の土地について文章で詳しく描いているが、それがヒントになってトーマス・モアが、どこにも無いという意味の「ユートピア(Utopia)」を書いたと言われている。
「Mundus Novus」は、ラテン語で書かれたが、それをイタリア語に翻訳して、アメリゴ・ヴェスプッチはリスボンから勤め先の本店であるディチ銀行(Medici bank)のロレンツォ・ディ・ピアフランチェスコ・デ・メディチ(Lorenzo di Pierfrancesco de' Medici)に送っている。

1500年にペドロ・アルヴァレス・カブラル(Pedro Álvares Cabral/1467/1468? - 1520)が、ポルトガル王マヌエル1世(Manuel I /1469 - 1521)の命によって喜望峰を超えてインドに向かう途上に、南緯16度52分の地点でブラジルを発見した。
ポルトガルは、1494年6月7日にスペインとポルトガルの間で結ばれた「トルデシラス条約(Tratado de Tordesillas/Tratado de Tordesilhas)」によって、この領土をポルトガルのものであると主張し、発見された土地が単なる島なのか、あるいはスペインが既に発見して、探検していた大陸の一部なのか知るために、マヌエル1世は探検隊を派遣し、Gonçalo Coelhoの指揮下のもとで、そのオブザーバーとしてスペイン、セビリアにあるメディチ銀行(Medici bank)の支店に出向していたアメリゴ・ヴェスプッチは、1497年 - 1504年の間に4度、新大陸へ航海している。
クリストファー・コロンブスは、「東アジア」であると考えたのに対し、ヴェスプッチは「アジアとは別の大陸」(ヨーロッパから見て「新大陸」)であると主張した。
そしてこの事実が確認された後に、彼のラテン語名「Americus Vespucius」から、Americusの女性形Americaを採用して、この新大陸を「アメリカ(America)」と命名した。
つまり、「アメリカ」の名前に関連したアメリゴ・ヴェスプッチの文章から、トーマス・モアは「ユートピア」を書いた。
また、「アメリカ」の名前は、マヌエル1世がトルデシラス条約を主張するために展開した理論から、命名された。

書誌資料

Gibson 36, Vgl. Winter Comendium Utop.,37

問題点

背がはがれて取れてしまっている。

詳細情報

出版社:Verlegt in Henning Grossens Buchhanndhlung
出版場所:Frankufurt/M
出版年:1704
印刷形式:活版
製本形式:当時のまま
サイズ:16.2×9.9cm
総ページ数:234
総イラスト数:トーマス・モアと最大の支援者エラスムスの肖像画各1点、ユートピア島、ユートピア文字など7点
イラストの印刷形式:木版

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